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大学生が世界に与えられる変化とは?【海外インターン体験記】【連載6】【インド】慶應義塾大学 長岡里奈

ナマステ!(ヒンディー語)

ノモスカ!(オリッサ語)

こんにちは!

インドで2015年8月から6週間インターンをしてきました、長岡です。今回は、インターンを通して得られた学びについて、お伝えしたいと思います。

私がインターンに参加した理由の一つに、「自分の力で現地を変えるような経験をしたい」という思いがありました。
なので、渡航前は、ふわふわと、「自分にしか与えられないインパクトを残して現地を大きく変えよう」と意気込んでいました。

というのも、持続的でない、小さなインパクト、例えば、ただの物資支援などに対して、なんとなく違和感を抱いていたからです。

 

渡航先で目にしたもの

そんな意気込みを持ってインドの地に降りた数日後。

私は現地のアイセック委員会の合宿に参加していました。合宿はインターンを行っているブバネスワールから60kmほど離れた、ベンガル湾沿いの観光地プリで行われていました。合宿中は、インドの大学生とさまざまな話をしたり、インド人が大好きなダンスを楽しんだりと、「明るいインド」を見ていました。

しかし、合宿二日目、合宿施設から少し歩いたお寺に遊びに行った時のことです。
お寺の周りには、さまざまな露店が並び、多くのインド人で賑わっていました。インドの他の地域からきた観光客は思い思いに買い物をしたりお寺に入ったりしていました。その中に、皺だらけで痩せこけた皮膚のおばあさんがただ何もせずお金の入ったお皿の前に座っていたり、足にテニスボール二つ分ほどの瘤があるため歩けず、しゃがんだまま少しずつ進んでいる白い髭の老人がいたのです。

いきなり目に飛び込んできた光景に、わたしは何をすることもできず、ただショックを受けて、涙してしまいました。

日本にいるときも、インドにはこんな光景が広がっているということは、メディアを通して知っていました。しかし、実際に悲惨な状況が手の届く距離にあるということ、自分がそれに対して何もすることができないということ、そしてなにより、現地の人はそれを当たり前のように捉え、老人が見えないかのように次々と通り過ぎていくのです。

ショックが大きすぎて、エモーショナルになってしまい、また自分が彼らに何をできるでもなく、自分の力のなさを身にしみて感じました。

伝統的な手法(泥)で洗い物をする女性。洗剤を使うことの重要性を伝えようと試みたが、結局伝えることはできませんでした。

 

なぜ日本人の私が、途上国の問題を解決しなければならないのか

ショッキングな出来事を目にしたあと、自分が抱いた混沌とした感情を整理していく中で、ある確信を得ました。

日本にいるときから途上国問題に関心があったわたしは、一方で「日本人がなぜ途上国の問題を解決するのか」「日本にも問題は山積みだし、日本に生まれ育ったのだから、日本の問題を解決するべきではないのか」という問いに対してうまく答えることができない状態にいました。

しかし、プリでのできごと、そしてインドでの経験すべてを通して、ある確信をました。
それは、「わたしが日本で生まれ育ったことで形成された価値観をもっているからこそ、インドで問題解決に励む意義がある」ということです。


インド人は、貧困問題に対して「慣れ」「無関心」な状態です。

私がプリで貧困を見てショックで泣いてしまったとき、インド人が言った言葉がとても印象に残っています。

「なんで泣いているの?インド人は幸せだよ。僕をみて!こんなに幸せさ!」

また、現地で出会った日本語教師のインド人は、

「え?スラム街に行くの?なんで?わたしは生まれて一度もスラム街に足を運んだことがないよ」

彼らと話していて、明らかに、現地人よりも日本人であるわたしの方が、貧困に問題意識があり、それはわたしが日本で生きてきて培った「当たり前」とインド人の「当たり前」がまったく違うものだからということに起因すると考えました。

自分の「当たり前」とは違うことに違和感を覚えるからこそ、そこに対して解決したいという気持ちが生まれます。
だからこそ、わたしが感じたショック、違和感をずっと忘れずに、起点として、問題解決に向かっていかなければいけないという使命を感じました。

少しずつ自分にできることを

自分が何かを起さなければいけない、でも無力な自分を認識したあと、自分に何ができるか、考えました。

その中で、結局自分にできることは、小さかったです。

例えば、インターンのない時間にスラム街を訪問して、インタビューをしながら、何が問題なのかを聞いて、情報や助けを与える。

わたしがやったのは、原因不明の病気で歩けなくなって、学校に行かなくなった男の子のお父さんに、無料で足のリハビリを提供している施設を紹介したり、他のインターン生に呼びかけて、自分がいらない衣服や生活用品をスラム街の人に配るなどということでした。

インターン前の自分だったら、「そんなの小さい試みだし、継続性もないし、やる意味ない」と言うと思います。

でも、わたしがやった小さなことに対して、男の子のお父さんや、スラム街の住人たちの言葉はこうでした。「ありがとう、君がやったことは小さなことなんかじゃない。大きいことだよ」。

自己満足といわれるかもしれないけれど、自分がやったことが少しの変化を起こして、その変化に対して人が喜んでくれるのを見ると、とても幸せな気持ちになりました。

そして何よりも、これはとても小さい変化だけれど、意味のないものではなく、このような小さな変化からしか、変化は生み出せないのだということを感じました。

 

だからこそ、わたしはインターンを通して、「自分が違和感を感じることに対して、自分にできる小さなことから始めよう」と考えるようになりました。これは自分が実際にインターンを実体験しないと、本当の意味で得ることができなかった理解だと思います。

改めて、わたしにこの機会を与えてくれた全ての人に感謝したいです。

 

長岡里奈

長岡里奈

度慶應義塾大学 総合政策学部。大学2年の夏休みにインドでのインターンに参加。その後、大学4年を休学し、再度5ヶ月間インドへ渡航。スラムに石鹸を広めるために、石鹸をリサイクルする事業を立ち上げ。

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