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学生団体SeedA設立に至った、カンボジアでの「原体験」【学生団体SeedA代表】【連載1】飛矢智希

こんにちは!

この度YouthSpeak Mediaにて連載ライターをさせて頂くことになった、飛矢(ひや)です。

 

自分は大学2年の夏に、学生団体SeedA(シーダ)を設立し、カンボジアの学校教育の普及を目指して活動しています。

 

名前以外も知ってやろうと思ってくれた方々

「せっかくページ開いたんだから最後まで読んでやるか」と思ってくれた方々

 

頑張って書いていくので、これからどうぞよろしくお願いします^^

 

この連載では

・どうして学生団体を設立し、「教育」を志すことになったのか

・今の学生団体での活動の中身やこれからの想い

・そもそも自分は、なんで国際協力なのか

・自分が大切にしていること

 

などについて書いていこうかなと思っています。

今日は第1弾ということで、【学生団体SeedAを立ち上げるに至った「きっかけ」】を書いていきます!

きっかけは、カンボジアでのインターン

自分の活動の原点は、なんと言っても大学1年の夏休みに参加したカンボジアでの海外インターンシップです。参加を決めたのは、本当にただの勢いでした。笑

 

大学に入ってアイセックに入った途端、先輩に海外インターンシップを薦められました。

大学って夏休み2カ月もあって長いし、海外で何かやってみたいと思っていたし、東南アジアなら安いし・・・。

はじめは、そんなノリだったと思います。

 

教育にはなんとなく昔から興味があり、大学に入って早速塾講師のアルバイトをしていたので、その経験も少しは生かせるかなと思い、英語教育を行うの海外インターンのプログラムに応募することにしました。

 

その中で、自分にとって「教育」とは何なのか、ほんとに自分は「教育」に興味があるのか。

そんなことも確かめたいと思っていました。

 

自分の担当マネージャーの先輩に助けられながら準備を進め、気づけばあっという間にカンボジアに足を踏み入れていました。

 

次々と塗り替わる自分の中の「当たり前」

インターンシップで得た自分の変化で一番伝えたいのが、「当たり前」が毎日変わったことです。

 

・「途上国」カンボジア。

・「先進国に住む自分が」「なんとか助けなければならない」

 

インターンシップ前の自分の考え方は、簡潔に表すとこんな感じでした。

カンボジアは途上国で、日本と比較すると豊かではない国、それを自分は何とかしなければならない。

 

そんな自分の「当たり前」は、この海外インターンシップ中にどんどん塗り替えられていきました。

 

もちろん、経済的・物質的な面でいえばカンボジアは日本と比べて足りないのかもしれない。それでも、自分の目にはカンボジアの方々はいつも輝いて見えました。

 

自分の未来に向けて、一生懸命に学ぼうとする子どもたち

カンボジアのこれからを担う子どもたちを必死に育てようとする先生方

地域の希望になるように学校をつくった校長先生

 

その目に「なんとかしなければいけない」「途上国」の当たり前は存在しませんでした。

そして気づけば、自分は彼らからたくさんのことを学んでいることに気づきました。

 

「国際協力」は、誰かを助けることではなく、誰かと学び合うことなんだと気づかされた瞬間でした。

 

自分を変えた一つの「後悔」

インターン中、自分は2つのクラスを担当していました。

両方とも20~30人くらいのクラスで、年齢は10~12歳くらいの子がほとんどでした。

驚くべきことに、この年齢でも生徒のほとんどがある程度英語を話せるんです。

自分も授業のほとんどは通訳なしで行っていました。

 

始めは名前を覚えるだけでも大変でしたが、授業を行っていくうちに生徒たちとも仲良くなり、たくさんのことを話すようになりました。

 

例えば自分が担当したクラスのチェイという女の子は、将来の夢を話してくれました。

「将来は看護師になりたい。両親の体が弱いから、私が助けてあげられるようになりたいの」

たくさんの子どもたちから夢や想いを聞いて、自分の授業への想いも同時に大きくなっていったのを覚えています。

 

 

そんな中、自分がインターン終了まで残り1週間を切った頃、ある生徒から手紙を預かりました。「これ、友達から預かったんだけど・・」

 

授業が終わってその手紙を見ると、差出人はチェイであることが分かりました。

「先生ありがとう。昨日が私の最後の授業でした。」

彼女は自分や先生に心配をかけたくないからと、友達に手紙だけを渡して学校を去っていきました。

「看護師になりたい」 いつかそう言って自分に夢を話してくれたことを鮮明に思い出しました。

 

相談に乗ってあげることも、彼女の中にあったはずの葛藤に気づいてあげることも出来なかった。

彼女の夢は、彼女のこれからの可能性は、どうなっていくのだろうか。

 

そう考えると、やりきれない思いでいっぱいでした。

 

「自分には、何をすることも出来なかった。」

 

そこで自分は初めて、カンボジアに起こる「ドロップアウト」の現実を目の当たりにしました。

 

その後悔は、日本に帰ってきてからも続きました。

そしてたくさん後悔した結果、

「自分には何が出来るのだろうか」ということを考えるようになっていきました。

 

これが、まさに自分の活動の原体験、すなわち「種」になったのです。

 

字数も多くなってきたので、今回はここまでにしたいと思います。

最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

 

次回は、その「きっかけ」からどのように学生団体の設立に至ったのか?

そんな話ができればと思っています。

 

楽しみにお待ちいただければ幸いです^^  

 

 

学生団体SeedAのFacebookページはこちら

カンボジアでの運動会の様子などを発信しているので、ぜひご覧ください。

 

 

飛矢智希

飛矢智希

一橋大学。大学1年の夏にカンボジアでの英語教育ボランティアに参加。途上国のドロップアウトの現実に直面し、その後、学生団体SeedAを設立。 ​世界の全ての子供達が、笑顔で安心して学校へ通い続けることの出来る社会を目指してプロジェクトを推進中。 2018年度からアイセック・ジャパンが運営するインターンシッププログラム「Education Innovator Programme」の実行委員を務める。

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