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This is ME【海外インターン体験記】【連載2】【インドネシア】大阪大学3年 野田千有里

6週間のインターン期間もあっという間に過ぎ去り、無事日本に帰国しました野田です。

今回は、インドネシアでインターンや生活をする中で広がった自身の興味、そして6週間で私は何が変わったのかということについて書かせていただきたいと思います。


寛容すぎるインドネシア文化

 インドネシアの人々は、他者を受け入れあって生きています。それが社会に色濃く出ているのが宗教の面です。

 インドネシア人の多くはイスラーム教徒です。インドネシアでは、イスラーム教徒のためのお祈りのアナウンスが1日に5回、大音量で町中のモスクから流れます。なんと初めのアナウンスは朝4:30。インドネシアについたはじめの頃は、毎朝この音に起こされたものでした。

 また、あまりイメージはないかもしれませんが、インドネシアにはイスラーム教徒のほかに、ヒンドゥー、カトリック、プロテスタント、仏教徒も住んでいて、それぞれの祝祭日が国民の休日になっています。

( インドネシアの宗教分布図 )

http://www.wikiwand.com/fr/Religion_en_Indon%C3%A9sieより


 自分とは関係のない宗教の慣習が自分の生活の一部になっているのは、日本での常識からは考えられないものでした。この経験から、異なる文化を持った人がどれだけ日本で生活するうえで不便を感じているのかを考えられるようになりました。そして多様な人が生きやすい日本社会に自分が何かできることはないか、そう考えるようになりました。


(イスラーム教の小学校に通う低学年の子供たち)


歩かないのじゃなくて歩けない

 インドネシアの人々は移動にバイクを使うのですが、その使用頻度がすさまじい。200m先のスーパーに行くのにもわざわざバイクを引っ張り出してきます。こんなにもバイクで移動するなんて、インドネシアの人々はなんてlazyなんだ、そう思っていました。しかし、町を自分の足で歩いてみてその考えは一変しました。歩きたくても歩けないのです。



歩行者信号は機能しておらず、

車やバイクが我が物顔で走り続け、

歩道のブロックは掘り返され、

車やバイクが堂々と止められており、


とても人が通れるような状況ではないのです。1kmの道のりを何度も転びそうになりながら30分かけてようやく歩きました。

 そりゃ誰も歩かんわ。

 しかし、みんながみんな毎日バイクを使えるわけではありません。特に、私が学校で教えている障がいを持った子供たちのことを考えてみてください。車いすを使ったり、視力が良くない彼らは誰かの送迎がないと外に出られないのでしょうか。それは理不尽すぎると思います。彼らが自由に安全に出歩ける道路整備がこの国には必要だと、使命感に駆られました。


(整備されていない道路とそこを歩く中学生)

先進国に生まれた者として

 6週間実際に異国の地で現地の人と同じように生活してみて、何もかもが整備された日本社会で日本人として生活するのがどれだけ幸福なことかを痛感しました。私たちには先進国に生まれた者として、途上国の人々の生活の不都合を改善する使命があると感じるようになりました。そして私は、その使命感を感じる人々をもっと増やすべきだと考えています。どうすれば使命感を感じる人が増えるのか。現地の生活を送ることでしか得られない感覚を、海外旅行をしながら皆に体験してもらう。そこで利用したいのが私も今回利用したホームステイです。ホテルを予約する感覚で、ホームステイさせてもらうホストを予約する。ホームステイの現状は、滞在者が高額なお金をホストファミリーに支払うのが主流です。ホームステイをもっと身近に。そんなサービスやシステムづくりをできたらいいなと考えるようになりました。



Who am I ?

 このように多くの新しい感覚に触れ、刺激を受け、これからの人生選択に幅が広がった私ですが、自分という人間はどう変わったのか。


 渡航前の自分は、「自分の意見がなく、自信がない」人間でした。

 そして6週間、障がいを持った子供たち、異なる価値観を持ったインターン生と過ごすことで見えてきたのは、他の誰でもない自分です。


 うまく歩けなくったって、自分が大好きなポエムを作って、作品として世に出している生徒。

ダウン症でうまく話せなくても人一倍強い責任感でみんなの出欠確認を先生から任せられている生徒。

自分がNOだと思ったら、はっきり自分の意見と共にNOというインターン生。


 皆が自分を持っていて自分を存分に発揮していました。

 そしてその中で私は、言葉が通じなくなくても、思いと笑顔で、誰ともコミュニケーションをとろうとしない引きこもりがちな生徒の心を開くことに成功しました。先生方の驚き様から、それがほかの誰にもできなかったことだというのは容易にわかりました。

 私が成し遂げたことは、インドネシアの一人の少年の小さな変化というちっぽけなことかもしれないけれど、そのちっぽけなことは他の誰にもできないことなのだから、私には存在する意味がある。他人には他人のできることがあって、自分には自分にしかできないことがある、これが私なんだ。

 そういう考えを持つことができるようになり、自分を好きになることができた6週間でした。20年間自分に自信がなく、意見を自然と押し殺すようにしてきた自分にとってこの変化は非常に大きなものだと思います。


 この変化を帰国後どう活用していくか、そんなことを次回報告させていただければと思います。


(子供たちと日本のダンスを披露する様子)

野田千有里

野田千有里

大阪大学外国語学部2年。インドネシアのバンドンにて、障がいのある子供たちのための学校で英語、ダンス、異文化を教え、学校への基金を募るインターンに参加中。「行った人にしかわからない衝撃や感動すべてを届け、未知の世界に飛び出すきっかけを読者に与えられる記事を書きたいと思っています。」 *所属/学年は2018年3月現在

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