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【連載】私がカンボジアに通い続ける理由  未知の世界で出会った新しい私の人生の話⑴


大学一年生の夏休み。
何ごともやるなら早い方がいいよと先輩に背中を押されて参加した海外インターンシップの
渡航先は、私にとって未知なる国、カンボジアでした。​


「東南アジアだけはちょっと…」


大学に入学して周りの友達の影響でアイセックの海外インターンシップに興味を持った私は
1年生の夏休みに参加しようと決めていました。
私は、過去に高校で1年間オーストラリアに留学していた経験もあり、海外に行くことや英語を使うことが好きでした。加えて、何となく教育に興味があるから、教育先進国であるポーランドやハンガリ-に行きたい!
それが当時の私が考えていたこと。
しかし、日本の夏休みと現地の夏休みの期間がちょうど重なっているという理由で、ヨーロッパの学校での教育プログラムには参加できないことが分かりました。

そのとき私に与えられた選択肢。

それは、

①参加するのを春休みにして、行きたい国に行く。
②行きたい国を諦めて、この夏に海外インターンシップに参加する。


という、まさに究極の二択。

岐路に立った私は、どうしても1年生の夏に行きたいという当初の希望を優先して、違う国でもいいからこの夏に行こう!と決断しました。


ただ、1つだけどうしても譲れない条件がありました。

「東南アジアじゃないところがいいです!!」

当時の私の行ったことのあった国といえば、オーストラリア、アイルランド、イタリアなど。
その上、大学で留学するならアメリカかイギリスがいいな、と思っていたわけで、とにかく私の目には先進国しか見えていなかったのです。
当時、私が持っていた東南アジアに対するイメージはネガティブなものばかりでした。

そんな私の気持ちをくんで、マネージャー(海外インターンシップのサポートをしてくれるアイセックのメンバー)は色々な国を提案してくれました。だけど渡航先はなかなか見つからず。たとえアジア地域になったとも台湾やシンガポールならまだいいか...と、話していた矢先、迫りくる契約期限に焦っていた私に先輩がひとこと。

「カンボジアの学校が受け入れてくれるって!」


————当時持っていたカンボジアのイメージは?

まさに「未知の国」です。
何があるのか全然想像できないし…
でも、カンボジアで参加できるプログラムの内容は私の期待していた海外インターンシップそのものでした。初めは先進国じゃなきゃ嫌だと思っていたけど、

「カンボジアのプログラムでも教育に関われることに変わりはないし、面白そう!」

そんな気持ちに背中を押され、私はカンボジアに行くことに決めました。


同じ学校で海外インターンシップに参加しているインターンシップ生たちと


————行ってみてからそのイメージは変わりましたか?

......うーん、あんまりかな(笑)
最初の一週間は急激な環境の変化に適応できなくて体調崩しまくりでした。
日本にいる友達とビデオ通話をしたとき、『まゆちゃん頬がコケてるよ!?』って心配されたのをよく覚えてます(笑)でも、少しずつ慣れていってからは楽しく過ごせたし、カンボジアの人たちはみんな優しくて、嬉しかったです。


————インターン中で一番大変だったことは何でしたか?


授業を作ることです。
海外インターンシップ内容は”現地の学校で英語の授業をする”というもので、毎日4コマずつ別々のクラスを担当していました。クラスごとに生徒のレべルはバラバラなので、生徒に合わせた授業を毎日組まなくちゃいけなかったから、それが本当に大変でした。当時、私には誰かに勉強を教えた経験が全くなかったのもあって、かなり難しかったんです。その上、相手は小中学生なので授業が面白くないと態度に出てしまうから、それに傷ついたこともありました。

でも、現地の先生たちに相談してアドバイスをもらいながら毎日毎日生徒の前に立ち続けて。
最後には、『先生の授業楽しいからもっとやって!』と言ってくれたクラスがあったんです!生徒たちのリクエストを受けて現地の先生は授業を1コマ増やしてくれました。
あれは本当に嬉しかったな!


カンボジアでの授業風景



行ったからこそ知ったカンボジアの魅力

とにかくカンボジアは人があったかい国でした。
現地の先生たちは私のためにお昼ご飯を作ってくれたり、学校から離れていた私の住む家までバイクで送ってくれたり、最後の週は家にも招いてくれた。

ただ優しいだけじゃなくて、私のことをまるで本当の家族みたいに大事にしてくれたんです。
親切で、あたたかくて、大人も子どもたちもみんな笑顔がキラキラしてる。
来る前はネガティブだったカンボジアのイメージは、いつの間にかポジティブなものに変わっていました。

生徒たちと

カンボジアで生活した6週間は、そんな風に”いい思い出”として持ち帰ることができました。
日本に帰国してからも「もう一度行きたいな」っていう気持ちがあって......

なんて、インターンに参加する前までの自分が知ったらびっくりするだろうけど(笑)

先生や生徒、お世話になった人たちにまた会いたいから、
いつかもう一度行こう!

そう、ぼんやりと考えていたとき、Facebookのメッセンジャーを通して、お世話になった現地の先生から一本の電話がありました。



『私たちの学校が廃校になったの』


財政難と運営していた人が学校の運営放り出してしまったことが原因で経営難になり、私が夏に行ったあの学校が廃校になってしまったのだというのです。


学校がなくなって、生徒も先生もみんなバラバラになってしまった。
先生たちは職を失って他の学校に行ったり違う職を探したりしている。
生徒の中には他の学校に移った子もいたけれど住んでいる場所が遠いせいで学校に通うこと自体を諦めなくてはならなくなった子もいる。


耳にしたあまりにもショッキングな現実。
その電話が私にとって、もう一つの人生のはじまりでした。


(次回の記事は9月公開予定です。)



プロフィール

インタビューアー

細井映里

細井映里

南山大学国際教養学部2年。新入生歓迎会で聞いた新見さんの海外インターン経験談に衝撃を受け、それをきっかけにアイセック南山大学委員会へ入会。1年生で送り出し事業を担当し、現在は広報ブランド戦略統括として活動している。

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