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【Youth Speak Forum 2018】「じぶん」らしく生きるとは。

アイセック・ジャパンは様々な領域を越えて活躍している社会人・学生の登壇イベント 「Youth Speak Forum 2018」を10月9日(火)に開催しました。開催報告はこちらから

若者が、自分とその未来を探し始めるきっかけとなる機会を提供することを目指した、「カタガキを超えろ」というコンセプトで行ったこのイベントの講演ログを3回に分けて行います。

第一回である今回は、「じぶん」らしく生きるとは、にご登壇いただきました出雲充氏(株式会社ユーグレナ 代表取締役社長)の講演ログを公開いたします。


~出雲充氏 プロフィール~

東京大学農学部卒、2002年東京三菱銀行入行。 2005年株式会社ユーグレナを創業、同社代表取締役社長。同年ミドリムシの食用屋外大量培養に世界で初めて成功。 中小企業基盤整備機構Japan Venture Awards 2012「経済産業大臣賞」受賞、世界経済フォーラム(ダボス会議)Young Global Leader 2012 選出。信念は『ミドリムシが地球を救う』。 著書に『僕はミドリムシで世界を救うことに決めた。』(小学館新書)がある。


始めに



今日は学生の皆様方に肩書きを超えろということでテーマをいただいていますので、その中でも自分の限界に対してどうやって壁を超えてきたかを事例とともにお話します。

お伝えしたいメッセージを一番最初に申し上げると、「他の人が伝える限界を気にしなくて良い」「自分の居心地の悪い場所に飛び込んでいくことがいかに楽しいか」の2点です。


平凡だった私とバングラデシュの出会い


私の生まれた家庭は、父はサラリーマン、母は専業主婦、自分と弟の四人家族です。私の家庭は何一つ珍しい話を持ち合わせていません。ニュータウンで暮らす核家族で、平凡な中流家庭で育ちました。

そして小さい時から会社を作るとか、社長になろうなんて思っていませんでした。ミドリムシも好きだったわけではありません。

ここで伝えたいのは私も「至って平凡な小学生」だったんです。


そんな私がなぜ起業をしたのか、そのきっかけは、アイセックの海外インターンシップを通じて、バングラデシュに行ったことでした。僕は高校まで海外に行ったことがなかったので、高校生の時の夢は大学になったらパスポートを作り、大学一年生の夏に海外に行くことでした。


当時のバングラデシュは「人口がとても多いこと」「農家が世界一貧しい」ことで有名な国でした。私がインターンを行ったのはグラミンバンクという所でした。かの有名なムハマド・ユヌス先生が興した会社です。グラミンというのはベンガル語で「農家」という意味です。私が働いたのは世界で一番貧しい人たちにお金を貸す銀行だったのです。


皆を幸せにする、そんな仕事をしたいと誓った


この会社の事業は至ってシンプルで「年収3万円の人に、3万円を貸し出す」というものでした。ユヌス先生はこの事業で2006年にノーベル平和賞を受賞しています。しかし、インターンシップをしていた当時、多くの人はこの事業を馬鹿にしていました。グラミンバンクでは、3万円を貸し出す際に、ちょうど一年後に同じ額を返すという契約を締結します。

しかし、現地の農家の人は字が読めないので、多くの人がそんな人は信頼できないと言っていました。また当時のバングラデシュではサインが法的な拘束力をもっていたのですが、農家の人は自分の名前も書けないので、そんな人にお金を貸すのはリスクが高い、無謀だとも言っていました。


では、なぜグラミンバンクは成功したのでしょうか。グラミンバンクでは3万円を借りる農家の人に対して、一週間ダッカでトレーニングをしていました。その際必ず、お金を借りた人に「ヤギを飼いなさい」とアドバイスをしていました。言われたように農家の人はヤギを買います。そうするとヤギはミルクを出し、そのヤギのミルクを販売すると、日給100円だった人の日給が5倍になりました。

これが1年経つと、皆自分で工夫をして多くのお金を稼げるようになるのです。そして最終的にはお金を借りた人全員が3万円を返済しました。非常に単純な手法で農家の人に融資を続けて、850万人の世界で最も貧しかった人たちが、今では850万人の社長に生まれ変わりました。


世の中にはこんな売り手も買い手も世間も幸せになるような素晴らしい仕事がある。僕もそんな仕事をしたいと決めた瞬間でした。


ミドリムシはスゴい可能性を秘めている


僕にみんなが幸せになる仕事がしたいと思わせてくれたバングラデシュ。しかし周りを見渡すとまだまだ大変なことがたくさんありました。世界で一番貧しい国で出てくる食事は、毎日カレーでした。彼らは毎日、日本人よりも多くのお米を食べていました。飢えている人は実はあまりいなかったんです。


(提供:株式会社ユーグレナ)


ただ、どの子も小柄で体が小さく、お腹が非常にポッコリしていました。その原因は、カレーの中に何も具が入っていないことでした。十分なタンパク質がなければ筋肉は作れません。世界に約10億人いると言われている栄養失調の人たちは、腹ペコなわけではなく、新鮮な野菜や果物、牛乳や卵、肉魚といった良質な栄養素にアクセスできずに困っているのでした。これが当時の私にとっては衝撃的でした。


日本に帰国し私は栄養の勉強をして、いっぺんに栄養不足を解決できる素材を探し出してバングラデシュに持って行こうと思いました。その中で大学3年生の時に発見したのが、ミドリムシでした。ミドリムシは光が当たると光合成し、植物と、動物の両方の性質を持っています。そして何よりミドリムシは59種類の栄養素を含んでいます。これを食べれば、栄養失調の子供はたちまち元気になると考えました。


今までの誰よりも足を使って動いた日々


しかし、このミドリムシをバングラデシュに持って行きたいとみんなに伝えたら、絶対に無理だと言われました。問題は2つありました。1つは名前が致命的にダサいこと。ミドリムシという名前はあまり魅力的ではないですよね。2つ目にミドリムシは当時大量培養ができなかったこと。大学の研究室に籠って培養を試みても一年間で100gしかミドリムシを作れませんでした。そもそも大量培養できないので、ミドリムシで栄養不足を解決するなど空想の話だと言われました。絶対無理であることを保証してもいいと言われたこともあります。


しかし、私は諦めずに日本中の大学の先生に相談しに行きました。北は北海道、南は沖縄のあらゆる大学に赴き、そして、2005年ついに屋外大量培養に成功しました。その時思ったことは「今までここまで汗をかいて、足を使って動いた人がいなかっただけだ」ということでした。


これでバングラデシュの栄養不足を解決できる。普通の食料だったら、バングラデシュに運んでいる間に腐ってしまい、確実に届けることは不可能です。ミドリムシであれば腐ることなく、世界中で栄養不足で困っている10億人に毎日お届けして、栄養失調をなくし、楽しい人生をお届けすることができると考えました。


500社行っても、提案が受け入れてもらえない


なけなしの貯金をはたき、二人の仲間とともに、株式会社ユーグレナをスタートさせました。ユーグレナはミドリムシの学名です。多くの会社にミドリムシの購入に関して提案に行きました。そこで必ず聞かれたことが「出雲さんミドリムシはこんなに栄養素が入っているのですね、素晴らしいですね。毛虫だと思っていました、いいですね。いけるかもしれませんね。ところで、他の会社ではうまくいっていますか?実績はどうなっていますか?」ということでした。


まだ作ったばかりの会社ですので、「実績はありません」と正直に言うしかなかったのですが、「実績がないならダメですね、本当は問題があるんじゃないですか?」と言われました。100社に100回説明したら、1回くらいは「ミドリムシいいね」と応援してくれる会社がいるのではないかという仮説を持ってスタートし、実際500社に説明に行きましたが全部断られました。


世の中は実績がないものに対しては非常に厳しいのです。「今のままだと残念だが、倒産するしかない」そんな話をしていた2007年の12月に、501社目からミドリムシの詳しい話を聞きたいと言われました。


前例がないからこそチャレンジする


2008年5月、501社目にとうとう「わかりました、今日から一緒にミドリムシの事業をやりましょう」と言っていただけるお客様が現れました。他の多くの会社が「ミドリムシなんて聞いたことがないのでリスクだ」と言いました。しかしこの会社だけ「聞いたことがないからおもしろい、チャンスだ」と言ってくれました。

一緒にビジネスを始めると、嘘のようにミドリムシがどんどん売れ「ミドリムシをどんどん持ってきてください」という状態になりました。実績ができたことにより、社会的な信用を得て、たくさんの会社にサポートをもらえるようになりました。


そしてユーグレナは2014年に東証一部に上場しました。大学が作ったベンチャー企業は2093社 ありますが、ほとんどが赤字で、成功している企業はほとんどありませんでした。東証一部に上場する時も周りから無理だと言われていましたが、会社の仲間や応援してくださる方々の力もあって成し遂げることができました。

今は、バングラデシュにある40箇所を超える学校の子どもたち約1万人に毎日、ミドリムシ入りのクッキーを届けていて、栄養不足の問題に取り組んでいます。

前例のない新しいアイデアに対して、世の中のほとんどの人が聞いたことがないから「リスクだね」と言います。しかし、私は前例がないからこそ挑戦するんだ、という気持ちでいます。そして、協力者を探せば必ず一人は受け入れてくれます。そういう人を見つければチャンスはどんどん広がると思います。

ユヌス先生は、一緒にやりましょうと言ってくれる協力者を一人一人探していき、850万人の生活を変えたのですから。


社会課題を解決し、誰一人取り残さない世界へ



私たちの社会は今、持続可能な開発のために17の社会課題を解決することを目標にしています。私は、日本人の一番弱いところは、完璧になってから取り組もうとする姿勢だと考えています。2030年までに誰一人取り残さないように、私たち一人一人がテーマを決めて死ぬ気で取り組まないと達成できない目標です。一刻も早く課題に取り組む姿勢が必要だと考えています。


最後にお伝えしたいことは2つです。1つは「実績がないからやめた方がいいという人は多いけれどそれで諦めてはいけない」ということ、2つ目は「できることからスタートしたらいい。最初からすべて自分でやる必要はない」ということです。


これらを実践するのに必要なことは、リーダーが居心地の悪いところに身を投げ出すことです。100%大丈夫だという場に行くことはストレスを感じず、楽です。しかしそういう人は動きが遅くなります。居心地の悪く、リスクのあるところに身を投げ出す人には、大勢がサポートしてくれます。

例えば、今はユーグレナグループで約430人の仲間が私を助けてくれていて、さらに多くの企業や人が「一緒にやりましょう」と言ってくれます。


私自身、ここにいる皆で、イノベーティブな手法を出し合い、SDGsの課題を解決していきたいと思っています。


ご清聴ありがとうございました。

YouthSpeak Media編集部

YouthSpeak Media編集部

YouthSpeak Media編集部。NPO法人アイセック・ジャパンのメンバーが中心となって運営しています。

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